なーにを言い出すのかと思えばなにがたぶらかす、だっ!!
俺は温野菜のブロッコリーを頬張った。そして目の前で卵スープをうまそうに飲んでいる男を見やる。
口布を降ろしたカカシは、男の俺から見てもちょっとした、いや、はっきり言おう。すげえいい男だった。
昔は女の子みたいにひょろひょろしてたくせに、今はなんだか筋肉もちゃんとついてるし、雰囲気からしてもう余裕があるっていうか、落ち着いてるし、お前の方が女をがっつりたぶらかせてんじゃねえのかっ!?と言い出しそうになった口を噤んでおじやを掻き込む。
くっそー、くっそー、今に見てろよっ!俺だって女の子の一人や二人ちょちょいのちょいだっつの!
...無理ですごめんなさい。
知り合いになった女の子と言ったらもう、スリーマンセルで一緒になったアカネくらいなんだけど、彼女はなんだか異性ってよりはもう仲間って意識のが強くて恋愛感情ってものが沸かないし。ってかその前にカズトの恋人なんだよアカネは。あーあ、いいなあ。

「イルカ、箸止まってるよ?最後の帆立、食っていいの?」

「んな訳あるかっ!今日の主役は俺だってのっ!!」

はいはい、とカカシは笑って帆立を俺の取り皿に入れてくれた。性格もこんなで穏やかだし、きっともてるんだろうなあ。

「あ、そうだ、言い忘れてた。イルカ、昇格おめでとう。下忍になった時は言えなかったからもう一回おめでとう。」

「おう、ありがとなー!」

俺は嬉しくなってにっと笑った。ま、ここ数年で俺も見違えるように大人になっちまったからなあ。お前の戯れ言にも寛大になってやるぜ。

「イルカ、一段と料理の腕上げたんじゃないの?もういっそのこと忍び辞めて料理人になったら?」

前言撤回、俺は子どものままでいいです。

「俺は忍びになるんだよっ!料理はただの趣味だっ!!」

カカシはへいへい、と鶏肉を貪っている。小憎たらしい〜〜〜っ!!
その後、食事も一段落し、後かたづけも終わって俺たちはデザートにと作っておいた杏仁豆腐をつついていた。

「そういやアスマには知らせたの?合格したって。」

「うん、知らせたよ。って、あれ?カカシはアスマ兄ちゃんから聞いたんじゃないの?俺が合格したって。」

「いや、俺は速報で知ったから。」

中忍合格の合否が速報で伝えられるのか...知らなかったなあ。

「あ、そういやあ、今日いつもみたいに式を飛ばしてきたじゃん?」

「そりゃあ、飛ばしたもんよ。」

解ってるって。

「俺、その時上忍待機室にいたんだよ。アスマ兄ちゃんに報告するためにさあ。」

カカシはふむふむと頷いて器の白い塊をスプーンですくって口に入れる。
カカシが甘いものは苦手だということを知っていたから杏仁豆腐そのものには香り付けはしてあるけど、ほとんど砂糖が入っていない。その代わりにシロップは自由にかけられるようにしてある。案の定、カカシはシロップに手を伸ばすことはなかったが。

「それでその時に親切にしてもらったガイって上忍がいたんだけど、えらくカカシの式を褒めてたよ。なんか緻密で芸術的で心が和むってさ。」

「褒めすぎだな、そりゃ。確かにあの手の式はあまり使われないから珍しがられるのかもしれないけど。」

「え、そうなのか?」

「だって戦場であんなひらひらしてて飛行速度ものろいし、簡単に捕獲されるような式は使えないじゃない。」

まあ、そう言われればそうかもしれないけど。

「じゃあなんでカカシは使ってるんだよ?」

「ああ、それは、」

と言いかけてカカシはちょっと言い及んだ。あ、何か思い入れのあることだったか。
俺はカカシから視線を逸らしてシロップを手に取った。そして器の中にたらした。
濃い糖度のシロップに浮いた杏仁豆腐がふわふわと揺れている。

「あれは親父が小さい頃に教えてくれたものなんだよ。まだアカデミーに入る前に、遊んで教えてくれたんだ。」

親父さんとの思い出なのか。家族はいないと聞いているから、もう亡くなっているのだろう。その親父さんを思い出してたのかな。

「ってちょっと待てっ!!アカデミーに入る前って一体何歳の頃だよっ!あんな高等な式の印をアカデミーに入る前から習ってたってのか!?」

感傷的になりそうだった俺は持ち前の負けず嫌いが功を奏して叫んでいた。カカシはそんな俺を見て呆然としていたが、次の瞬間には笑い出していた。
だって、だってそうだろう?あのガイ上忍ですら緻密だとか言わしめたあの式をもう3才か4才の時には使えてたったことだろう!?もう天才どころじゃねえよっ、神童の域だろ、そりゃあっ。
俺はむっつりとして杏仁豆腐をがつがつ食った。なんかっ、なんか負けてられないっ。
器の中身を平らげると俺は流しに持っていく。カカシは未だに笑っている。こいつ、全然変わってねえ...。
自分の器を洗い終わって俺は卓袱台の前に再び座った。そしてガイ上忍の言葉を思い出してカカシに言った。

「そう言えばカカシの式をそのガイ上忍がいたく気に入ったみたいで、一度作った相手に会ってみたいって言ってたから、今度上忍待機室に行くことがあったら声かけてくれよ。まあ、わかりやすい特徴のある人なんだけどね。」

「ふーん、まあいいけど。変わった奴だねぇ。」

変わった人、それは俺もそう思う。けど、決して悪い人じゃないんだ。むしろ上忍なのに中忍なりたての俺に何の抵抗もなく頭を下げてくれるような、上下関係とかに固執しない、尊敬に値する人なんだ。そんな人の頼みを断れるはずもない。

「ごちそーさま〜。」

カカシは手を合わせた。杏仁豆腐も食べ終わったらしい。

「おそまつさまでした〜。」

俺はカカシの器を持って台所へと向かった。そしてさっさと洗ってしまう。
そして茶を煎れてここ数年の自分の近況を話し合った。
その中でも一度だけ出会ってしまった戦場の時の話しになって、俺はしみじみと言った。

「カカシ、あの時にはもう暗部になってたんだよなあ。」

「うん、って言うかさ。初めて会った時からもう暗部だったんだけどね。」

俺の思考が止まった。だめだ、今日は厄日なのか?俺が中忍に合格してうはうはな日のはずなのにどうしてまたこんなに衝撃的なことがぽんぽん出てくるんだ。

「いたずらのために変装してたんじゃないのか...。」

「あ〜、うん、そうなんだよね。でもイルカがあの時暗部の顔知ったら記憶を抹消されるとか言ったからいたずらだと思ってたんならそれでいいかなあって。あ、あれから確認したけど、暗部の素性が知られたからって記憶は抹消しなくてもいいってさ。まあ、あんまり知れたらまずいのは変わりないんだけどねぇ。」

俺がアカデミーにいた時にはもう暗部っすか...。だめだ、なんか撃沈した。

「はあ、でも良かったよ。これからは戦場で会ってもちゃんと声かけられるし。」

カカシは笑っている。まあ、そうだよな、あの時だって助けてもらったのに上官と士官みたいな言葉しか交わさなかったし。
俺は少しばかり気持ちが浮上した。そうだよ、中忍になったばっかりなんだっ。ばりばり任務をこなして腕を磨いて、いつかはカカシとだって肩を並べられるまでになってやるぜっ。
茶をすすりながら俺は燃え上がる闘志を沸き上がらせた。